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東京地方裁判所 昭和55年(刑わ)2992号 判決

主文

被告人稲田順一、同小鹿利道、同津田清をそれぞれ罰金五万円に、被告人三原昭夫を罰金一〇万円に処する。

被告人らがその罰金を完納することができないときは、金五、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人四人の連帯負担とする。

理由

(白井運輸株式会社における労使紛争の経緯等)

被告人稲田順一は、清掃事業を営む東京都葛飾区所在の協立輸送有限会社で自動車運転手として稼働し、昭和五四年九月以降、清掃企業の労働者で組織する全日本運輸産業労働組合傘下の清掃労働組合(以下、清掃労組という。なお、清掃労組は、同五五年五月当時、前記協立輸送有限会社や白井運輸株式会社を含む一三の企業に組合支部を有していた。)の執行委員長の地位にある者、被告人三原昭夫、同小鹿利道、同津田清は、いずれも、同都足立区鹿浜三丁目二八番七号に所在し、清掃事業を営む白井運輸株式会社(代表取締役社長白井誠一郎。資本金一五三万円。〔同月当時の運転手である従業員の数は五五名位。〕以下、白井運輸又は単に会社ともいう。なお、同社は、他の清掃各企業同様、東京都との請負契約によつて、作業用貨物自動車を都の指示する配車先に供給し、廃棄物を都の指示する場所に運搬することを主たる業務としている。)で自動車運転手として稼働していた者である。

被告人三原、同小鹿らは、同五四年一一月、清掃労組白井運輸支部(以下、白井支部又は単に支部ともいう。)を結成して、被告人三原が支部長に、同小鹿が副支部長に就任し、ただちに種々の要求を掲げ、そのころ以降会社と団体交渉を行うなどの活動を続け、被告人津田は、結成後間もなく同支部に加わり、同五五年五月中旬ころ同支部組合員数は十数名に達した。会社と白井支部とは、団体交渉をくりかえしたけれども、支部の結成当初からの要求事項の一部(ことに、一日の労働時間を拘束八時間実働七時間とするいわゆる八―七制の実施時期の明示、業務上の事故による運転免許の停止・取消又は拘禁期間中の賃金全額保障、社会保険料の会社負担割合の七割への増加〔同年三月の清掃労組統一要求では全額会社負担を要求。〕等)について合意に達せず、他方、同五四年一一月、白井支部の結成とほぼ同じくして白井運輸労働組合(以下、白井労組という。)が結成され、結成当時白井支部よりも多い組合員を擁して会社と独自の交渉を行うようになつたこともあつて、白井支部は、会社の支部に対する対応が誠実さを欠き、また会社が白井労組の存在を利用し、同労組との合意内容を支部に押しつけようとしていると考え、会社への反発を強め、労使関係は紛糾を続けるにいたつた。

(罪となるべき事実等)

第一  被告人三原の暴行

一  犯行に至る経緯

会社と白井労組とは、昭和五五年三月二九日、就業時間・時間外労働に関する協定を締結し(その主たる内容は、新たに時間外割増賃金〔時間外手当〕を支給するとともに、時間内手当と称する割増給制度をも新設し、他方従来支給されてきたキロ増し手当、愛車手当は廃止するというものであつた。)、さらに同年五月上旬、同年の賃金引上額を一万四、五〇〇円とし、そのうち七、〇〇〇円を基本給分に、六、五〇〇円を乗務手当分に、一、〇〇〇円を定期昇給分に配分する旨合意した。ところが、白井支部との間では、賃金引上の総額については一万四、五〇〇円で合意が成立したものの、その他の点では合意に達しないまま(白井支部は、賃金引上額の配分については、一万一、五〇〇円を基本給分に、その他を乗務手当分に配分するよう要求し、またキロ増し手当存続を要求した。)、同月一〇日の五月分給与の支払日を迎える情勢となったため、会社役員らは、同日の給与支払に当つては、白井労組員及び非組合員に対しては、白井労組との前記協定等の合意内容に従つて賃金を支給し、他方、白井支部に属する者に対しては、前記賃金引上額のうち一、〇〇〇円を定期昇給分として上乗せ支給するのみで残りの一万三、五〇〇円については支払を留保し、後日右配分に関する支部との交渉が妥結した段階でこれを支払う(なお、割増給については、白井支部に属する者に対しては、従来どおりキロ増し手当と愛車手当とを支給し、時間外手当、時間内手当は支給しない。)との方針を決め、同日、会社二階日報記入所で、仕事から帰ってきた従業員らに対し、右方針に従つて賃金を支給した。

二  罪となるべき事実

被告人三原は、昭和五五年五月一〇日夕方、数名の白井支部組合員と共に前記白井運輸株式会社内二階日報記入所に赴き、応対に出た白井運輸取締役総務部長八木澤秋夫(当三九歳)らに対し、前記のとおり同日支給された五月分給与の金額や割増給の内容が白井支部に属する者とそれ以外の者とで異なつていることについて詰問するとともに、このような支払方法は支部組合員に対する不当な差別的取扱であるなどと抗議を続けたが、八本澤が会社の右措置の正当性を主張して譲らなかつたことなどから憤慨し、同日午後四時四〇分ころ、右日報記入所に隣接する同社二階事務室内に入りこみ、憤激のあまり、同所において、右八木澤に対し、その頸部付近を手拳で殴打し、さらに背広上衣襟首をつかんだうえその腹部を手拳で突く暴行を加えたものである。

第二  被告人四名の威力業務妨害

一  犯行に至る経緯等

会社と白井支部とは、その後も支部の前記要求事項や前記第一の一の給与関係事項について容易に合意に達せず、このため、支部は、同月一四日に予定されていた団体交渉が決裂した場合はストライキを行うとの方針を立てるにいたつた。そして、同月一四日午後六時ころから行われた右団体交渉が進展なく決裂したため、被告人三原、同小鹿、同津田を含む白井支部組合員及び被告人稲田らは同日午後九時ころから会社更衣室内で協議した結果、同月一五、一六両日に予定どおりストライキを行うことを決定し、なお右ストライキの際は、会社構内出入口にピケットを張り、会社の作業用自動車が業務のため出構しようとしても実力を行使してこれを阻止すべきことを意思相通じた。

他方、会社役員らは、同月一四日昼、白井支部が翌日からストライキに入るかもしれないとの情報を入手し、ただちにその対策に着手した。すなわち、このころ、清掃企業のストライキの際には、ストライキのため作業用自動車を供給しえなくなつた企業のために、他の同業企業が余剰の自動車(代車)を供給することによつて、ストライキ中の企業の東京都等との契約の履行に支障がないようにする、いわゆる代車供給の慣行が成立していたことから、白井運輸事故係で配車担当の村田寛は、前記八木澤の指示にもとづき、清掃各企業の団体である東京環境保全協会(白井運輸を含む四十数社が加入)加入の各社に代車供給を依頼することとし、同月一四日午後及び同月一五日早朝、電話によりその依頼作業を続けた。その結果、同月一五日に東京都に供給する必要があつた作業用自動車六一台のうち五八台について代車を確保することができ、一台については車両を会社構外に保管することができたため、社外からの出庫が可能になつたが、残りの二台(いずれも大型ダンプ車で、東京都清掃局新宿西清掃事務所に向かうことになつていた白井五八号車と、同局足立清掃工場に向かうことになつていた白井一二号車)については、同日朝になつて代車の供給がついに不可能であることが判明した。そこで会社役員らはその対策を協議した結果、東京都との前記契約の履行のため、五八号車を同社専務取締役白井象二郎が、一二号車を同社修理工場責任者子安資太加がそれぞれ運転して出構し、各配車先に向かうことに決めた。

二  罪となるべき事実

被告人四名及び白井支部組合員は、前記のような経緯で昭和五五年五月一四日午後九時過ぎころ、同月一五、一六両日にストライキを行うことを決定し、右ストライキの際は、会社構内出入口にピケットを張り、会社の作業用自動車が業務のため出構しようとしても実力を行使してこれを阻止すべきことを意思相通じた。

さて、同年五月一五日朝、白井象二郎は、五八号車(車両番号足立一一き四三―八三)を、子安資太加は一二号車(車両番号足立一一か六九―九七)を運転して、白井運輸が東京都から請負つている前記作業用自動車の供給及び廃棄物の運搬の業務遂行のため、同会社構内から同会社北門を経て出構しようとしたが、ストライキ遂行のため支部組合員、支援組合員ら約四〇名と共に構内に集つていた被告人四名は、これをみて、支部組合員らと共に、前記共謀にもとづき、たちふさがるなど実力を行使して右二台の車両の出構を阻止しようと決意し、改めて相互にその旨意思相通じ、なおその場にいあわせた支援組合員らとも右同趣旨の意思を相通ずるにいたつた。こうして、被告人四名は、その場にいた約四〇名の支部組合員、支援組合員らと共謀のうえ、右二台の車両の出構を威力を用いて阻止しようと企て、同日午前八時三五分ころから午前九時ころまでの間、前記会社構内において、被告人稲田、同三原ら多数が五八号車の前面に立ちふさがり、被告人小鹿が同車の前部バンパーに手をかけてすわりこむなどして、その進路をふさぎ、さらに被告人小鹿、同津田が同車運転室内に乗り込み、右白井を押えつけてその腕を引張り、被告人津田が同車のエンジンキーを抜き取り、その後、被告人稲田がエンジンキーの所持をつづけ、被告人三原、同津田が同車につづいてそのななめ後方の地点から発進しようとした一二号車のドアを手で数回たたき、「この馬鹿野郎、ドアをあけろ。」などと怒号して子安を威嚇するなどし、よつて白井、子安らに前記自動車二台の出構を断念するにいたらせ、もつて威力を用いて同社の前記業務を妨害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人等の主張に対する判断)

一判示第一の二の罪となるべき事実について

(一)  暴行の事実の存否について

〈中略〉弁護人は、「本件各テープは、八木澤らが被告人三原らの発言を秘密に録音することによつて作成されたものであるところ、八木澤らのこのような行為は同被告人らの人格権〔プライヴァシー〕を侵害するものであつて違法であり、かかる違法な行為によつて作出された本件各録音テープには証拠能力がない」旨主張するが、なるほど、被告人三原らは自分たちの発言が録音されていることを知らなかつたと認められ、本件各録音テープは八木澤及び前記白井勝人が同被告人らの発言を発言者には秘して録音することにより作成されたものであると認められるものの、本件で録音されている被告人三原らの発言は、もとより私人間の会話におけるものであり、右発言は、前記のとおり、多数の関係者がいあわせる労使紛争の場で、会社側役員らに対してされた抗議や従業員に対する給与の支払状況、更にはこれらに伴う暴力の行使等についてのもので、元来その秘密性やプライヴァシーが問題となるべき性格のものとも認められないから、弁護人の右主張は失当である。〈中略〉

二判示第二の二の罪となるべき事実について

〈中略〉

(五) 正当行為の主張について

以上のうち、(一)ないし(三)で検討したとおり、被告人四名の本件所為が威力業務妨害罪の構成要件にあたることは明らかであるが、弁護人は、本件は労働組合の正当な行為として違法性を阻却される旨主張するので、以下、この点について判断を加える。

本件のように、ストライキに際し、使用者の継続しようとする操業を阻止するために行われた行為が犯罪構成要件に該当する場合において、その刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、もとより当該行為がストライキの際に行われたものであるという点も含め、その動機目的、態様、周囲の客親的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定すべきものと解される。

このような観点からして、本件は、判示のような経緯で、団体交渉の結果、合意に達しなかつた要求項目獲得のためストライキに入つた被告人ら及び白井支部組合員等は、会社管理職が、会社の業務遂行のため作業用自動車を出構させようとしたのを阻止しようと企て、判示のとおり、相手方を説得する方法によらず、多数組合員や支援者の物理的力を用い、管理職運転にかかる自動車の運行を阻止し、エンジンキーを抜き取つて返還せず、その出構を不能ならしめ、もつて、会社の業務運営の根幹をなす重要な機材である自動車に対する支配管理権を侵害し、管理職による業務遂行を実力を用いて阻害したものであつて、判示犯行に至る経緯、犯行の目的、犯行態様、会社管理職の本件当時の対応や前記のとおり、ストライキ中であつても、会社が操業のため管理職等によつて出構することは当然威力業務妨害罪により保護されるべき業務であると解されること等その他諸般の事情を総合すると、他に特段の事情のないかぎり、その違法性に欠けるところはないと認められる。

しかし、弁護人は、本件各行為にいたるまでの会社の態度を種々論難し、これらの点を根拠として被告人らの行為の正当性を主張するが如くでもあるので、なお、本件各行為にいたるまでの労使紛争の経緯等について一応の検討を加え、そこに被告人らの右各行為の違法性阻却に影響を及ぼすべき事由が存すると認めうるか否かの点について判断することとする。

1  会社が白井支部に対し敵視政策をとつたとの主張について

弁護人は、種々の理由を挙げて、会社がことさら白井支部に対する敵視政策をとり続けた旨主張するので、以下その主要な点について検討を加える。

(1) 会社が不当に団体交渉を拒否したとの主張について

証拠によると、白井支部の会社に対する結成通知がなされた昭和五四年一一月一四日、支部は会社に対し具体的要求を提出するとともに、右要求に関し同月一七日に団体交渉(以下団交という)を行うことを要求したこと、しかし会社は、同月一六日、右団交の延期を求めるとともに、団交ルールの確立のための討議を同月一九日に行いたい旨申入れ、同日討議の場を設けたが実際の討議は行われなかつたこと、その後同月二八日及び同年一二月三日、会社と白井支部とは団交ルールに関する討議を行い、会社は、その場で、ルールに関する協定を締結すべくその案を提示したが、団交の議事録を作成するとの点を除き、支部の同意を得るにいたらなかつたこと、同日、会社は、白井支部の前記要求に対して文書による回答を行い、団交ルールに関する合意の成立をみないまま、同月六日第一回団交を行い、以後本件五月一四日団交にいたるまで頻繁に白井支部と団交を重ねたことの各事実が認められるのであつて、以上によれば、会社に不当な団交拒否があつたとまでいえないことが明らかである。なるほど、会社側は、当初、実質的団交に入るよりもまず団交ルールを確立することを先行させようと欲し、そのため白井支部に対し団交の延期を求めたことがあることは認められるが、団交を行うにあたつてはまずそのルールが定められていることが好ましいことは疑いないし、前記のとおり、会社は、団交ルールの確立について支部の同意が結局得られないとみるや、実質的団交に応じていることが明らかであつて、右団交ルールについての提案に絶対に固執する態度をとつていたわけでもない。弁護人は、また、会社の右提案には、労働者側の交渉委員は会社従業員に限るとして、実質上支部の上部団体の関係者を団交から除外する旨を規定する部分がある等、その内容は不当なものであつたなどとも主張するが、会社も右提案につき支部の同意が得られない以上あえてその実施を強要することはなかつた(例えば、団交の際には現に上部団体の関係者も出席していた。)と認められるのであるから、この関係で、特に右提案内容の不当性をうんぬんする意味があるとも認められない。また、弁護人は、右一二月六日以降の各団交においても、会社は、真に交渉で問題を解決しようとする姿勢を欠き、団交の拒否に等しい不誠実な交渉態度に終始した旨主張するが、本件諸証拠を総合し、後記関連部分(とくに2の項)で認定する交渉経緯を検討しても、会社が弁護人の主張するように不誠実な団交に終始したとは認めることができない。

(2) 会社が白井労組の結成を働きかけこれを育成したとの点について

弁護人は、会社は白井支部の結成に対抗するため、従業員らに対し他の組合を結成するよう働きかけ、こうして結成された白井労組を育成するため種々の支配介入を行つたと主張する。しかし、本件各証拠、ことに証人八木澤秋夫、同深井正七郎、同大林一秀の公判廷における各供述によると、白井労組は、従来白井運輸に存在していた親睦組織を改組して会社と労働条件についても交渉しうる組織にしようとの一部従業員の提案を契機として、右深井、大林らが自主的に結成し、以後独自の活動を続けていた労働組合であると認められ、その結成やその後の活動の過程で会社側の支配介入を受けていたと認めるに足りる証拠はない。

また、弁護人は、会社は白井労組の存在を利用し、白井支部とも交渉中であつた種々の事項について、先に同労組と合意に達したうえ、その合意内容を白井支部にもおしつけようとしたなどとして、会社を非難するが、会社が、同一事項について白井支部、白井労組の双方と交渉する場合、それぞれの組合との間でいずれも交渉を妥結させようと努力するのも、また、その結果白井労組との間で先に妥結に達した場合、その合意内容と同一の内容で支部とも妥結に達するべく努力するのも、もとより当然であつて、その他、この点に関し、白井支部との交渉について会社に非難されるべき廉ありと認めるべき証拠はない。

(3) 会社が差別的な賃金の支給をしたとの点について

昭和五五年五月一〇日になされた賃金支払の方法及びこのような支払方法がなされるにいたつた経緯については判示第一の一で認定したとおりである。

弁護人は、このような支払方法は白井支部に対する不当な差別的取扱であると主張するが、本件のように、会社が、白井支部と白井労組との双方に対し、新割増給制度並びに賃金引上の額及びその配分に関する同一内容の提案、回答を提示した場合、それぞれの組合がこれを受諾するかどうかは、もとより各組合がその自主的判断によつて決すべき事柄であるから、本件のころ、新割増給制度について白井労組のみが合意し、白井支部が合意しなかつたため、白井労組員等に対しては新制度によつた割増給が支給され、白井支部組合員に対しては旧制度によつた割増給が支給されることになつたのも、また、賃金引上額自体については両組合ともに合意したものの、その引上額の配分について、白井労組は会社提案に合意したが、白井支部は合意せずいまだ交渉中であつたため、白井労組員等に対しては賃金引上額全額が支給され、他方白井支部組合員に対してはその全額は支給されなかつたのも(経理処理上、右配分が確定しないと、現実に引上額全額の支給をすることはできなかつたと認められる。)、それはそれぞれの組合の自主的選択にもとづくものであつて、そのため結果的に当面、両組合の組合員の受給額に差異が生じたとしても、そのこと自体は何ら不当な差別と評されるべきものではない。なお、このような支給方法が白井支部を嫌忌してその活動に打撃を与えるため会社がことさらに行つたものかどうかについては、本件で会社の提示した賃金引上額の配分方法は、同社において従来むしろ通常に行つてきたところであつて、それ自体ただちに不合理なものと認められないし、会社は、このころ本件支払の前日も含め、右問題についても白井支部との間で鋭意団交を重ねてきたと認められること等をもあわせ考えると本件支給の際の八木澤らの言動等、弁護人の主張する諸点を考慮しても、会社が右のような意図を以て、このさらにかかる支給をなしたものとは認められず、結局、この点を積極に認定するに足りる証拠はない。(割増給制度についても、新制度に合意を得られない以上旧制度を適用したのは当然の措置である。)。なお、本件当時、白井支部は、支部との交渉が妥結するまでは白井労組員等に対する賃金引上額の支給も凍結するよう要求していたことが認められるが、配分等についても合意の成立している白井労組との関係で右支給を凍結すべき理由は何ら存在しないから、白井支部の右要求を容れなかつた会社をその点で非難することはできない。

(4) その他、弁護人の主張する種々の点を検討しても、会社に白井支部をことさら敵視する行為があつたと認めるに足りる証拠はない。

もつとも、会社にも、白井労組との就業時間・時間外労働に関する協定を、同協定の規定する事項に関しては白井支部との間でいまだ交渉中であつたにもかかわらず、昭和五五年四月一日から白井支部組合員に対しても適用した(それに関する就業規則の変更もなされなかつた。)など、その処置に遺憾な面もあつたことは否めないのではあるが、前掲各証拠によると、これは、会社の労使関係に関する理解不足に由来するものであつたというべきところ、あえて支部を敵視したためにとつた措置であるとまでは解しがたく、現に、会社は、同月三日、支部の抗議を受けてただちに右協定の支部組合員に対する適用を中止したことが認められるのである。

2  労働条件が劣悪であつたとの主張及び団体交渉における会社の対応について

弁護人は、白井運輸における労働条件は、同業他社に比しても著しく劣悪であつた(そして、この点につき会社は団交拒否にひとしい不誠実な交渉態度に終始した)と主張する。

しかし、本件各証拠を総合するに、白井運輸における本件当時の労働条件が弁護人主張の程度に劣悪と評価すべきものであつたとは認められず、会社の団交態度も弁護人主張のように不誠実であつたとは認められない。以下、前掲各証拠により、右の論点に関し、具体的に、主として本件当時の白井支部の重点要求項目について、団体交渉におけるこれらの点に関する会社の対応の仕方を含め検討する。

(1) 白井運輸では本件当時(白井支部との関係では)いわゆる九―八制(一日の労働時間を拘束九時間、実働八時間とする制度)が採用されていたこと、これに対し支部はいわゆる八―七制への移行とその移行時期の明示を要求していたことはいずれも明らかであるが、八―七制が弁護人が主張するほどに同業他社の間で一般的であつたとは認めがたい(松井勉証言及び同人作成の上申書添付の東京環境保全協会の調査結果によると、調査対象四九社〔うち四六社は同協会加入の企業で、白井運輸を含む〕のうち、昭和五五年三月現在で八―七制をとるものが二〇社、九―八制をとるものが一八社、八・五―七・五制〔一日の労働時間を拘束八時間三〇分、実働七時間三〇分とするもの〕をとるものが八社、その他が三社であつたことが認められる。)のみならず、会社は、白井支部に対し、とりあえず八・五―七・五制に移行することを提案するとともに(白井労組との間では、同月二九日締結の協定により八・五―七・五制に移行した。)、同年四月の団交では、将来八―七制に移行することを前提に、東京都から支払われる請負金が値上げされた段階で右移行について検討することを提案したこと、右請負金は二年に一回の割合で値上げされるのが通常であり、同五六年四月これには値上げされることが予想されえたこと等も認められるのであつて、以上に鑑みると、白井運輸における右労働時間制度の内容及び会社が白井支部の右要求にただちに応じなかつたこと等の前記諸事情が同社の労働条件を特段に劣悪であつたと評価すべき事由にあたるとは解しがたく、且つ、会社の団交におけるこの点の対応にも一応の合理性があつたというべきである。

(2) 本件当時、白井運輸では、運転手が業務上の事故により運転免許を停止され又は取消された場合、これを作業員として稼働させ、作業員としての給与(運転手の給与に比較すると相当低額になる。)を支給していたこと、白井支部は、これに対し、業務上の事故により、運転免許の停止若しくは取消の処分を受け、又は身柄を拘束された(服役を含む)場合、運転手としての給与を全額保障するように要求していたことが認められるが、同社における右措置にも相応の合理性があつたことは認めることができ、また、前記東京環境保全協会の調査結果によれば、本件当時の同業他社の本問題についての処理は区々に別かれていたが、総合的に検討しても、白井運輸の右取扱いは労働者にとつて同業他社に比して際立つて不利益なものではなかつたことが認められるうえ、会社は、同五五年四月の団交で、事故の内容により右保障を考慮してもよい旨の回答をするなど、相当の譲歩をもしてきたことが認められ、以上によれば、この点も、同社における労働条件を特段に劣悪と評価すべき事由にはあたらないことが明らかであり、且つ、会社はこの点につき団交において相当の対応をしていたと認められる。

(3) 本件当時の白井運輸における社会保険料の会社負担割合は六割(失業保険料は五割)であつたこと、これに対し白井支部が右負担割合を七割とするよう要求していた(判示のとおり、同五五年三月の清掃労組統一要求では、全額会社負担を要求。)ことは明らかであるが、白井運輸における当時の右会社負担割合自体、法定の基準を上回るものであつて、ただちに不当とされるべき点は見出されず、また同業他社に比しとりわけて低いものであつたとも認められない(失業保険を除く社会保険料について、前記東京環境保全協会の調査結果をみると、会社負担割合を七割とするものが三〇社、六割五分とするものが一社、六割とするものが六社、五割とするものが一二社であつたことが認められる。)のであつて、この点もまた同社の労働条件を特に劣悪と評価すべき事由にあたるものではないと認められる。

(4) 前記重点要求項目のうち、組合休暇の問題については、白井支部が有給の組合休暇を要求していたのに対し、会社の回答は原則として一月に一日の無給休暇を認めるというものであつたが、この点も特に労働条件を劣悪と評価すべき事由にあたるとは認めがたく会社の団交におけるこの点の対応を不誠実と非難するのは当らない。

(5) 白井運輸における賃金はその給与総額において、本件当時のベースアップ額も含めて同業他社に比し遜色なく、ただ基本給と乗務手当等の配分につき、白井支部との間に争いがあり、妥結に至らない点はあつたにしても、特段に労働条件の劣悪ないし会社の団交における不誠実さを示すものということはできない。

(6) その他、白井支部結成以後比較的早い時期に、支部と会社との間には通勤費の全額支払、免許証書換え特別有給休暇、年末一時金、繁忙手当等については団交により合意が成立している。

以上の他、弁護人の主張する諸点を勘案しても、白井運輸における労働条件が同業他社に比し特段に劣悪であつたとは認められず、会社の団交におけるこれらの点に関する対応をさほど不誠実であるとして非難するに値いするとは認め難い。

もつとも、同会社においては、従来から時間外割増賃金が支給されていなかつた(キロ増し手当と称する割増給等のみが支払われていた。)ことが認められ、この点はもとより会社が責められなければならないところである。ただし、本件当時、会社としても時間外割増賃金を支払うことについては異論がなく、その支給の制度を設けること自体については会社、白井支部双方の間に事実上合意が成立し、現に会社は、白井労組員等に対しては、同労組との協定にもとづき、すでにこれを支払つていたことが認められるのであつて、白井支部員に対していまだその支払がなされなかつたのは、会社が、時間外割増賃金の新設とともに、従来支給されていたキロ増し手当(一日あたりの走行距離数のうち基準走行距離数を上回る部分に一定の金額を乗じた金額を割増給として支給するもの)は運転業務の性格上実質的には時間外割増賃金との重複支給になる面があるとしてこれ(及び愛車手当)を廃止することを提案し、同時に勤務時間の測定のためタコメーター、運転日報を備えつけることをも提案したのに対して、支部がこれに反対したためであると認められるところ、会社の右提案に相当の合理性があつたこと自体は否定しがたいと認められる。結局、以上にてらすと、右時間外割増賃金不支給の点も、労働条件の劣悪ないし団交における会社の不誠実な交渉態度を示すものとして弁護人が主張する程に非難するには当らないものというべきである。

3  以上1、2の点その他本件労使紛争の経緯全般につき種々検討を加えても、被告人らの本件各行為を正当化してその違法性を阻却する程の事由があるとは認めることができない。

よって、結局、被告人らの本件各行為は正当行為として違法性を阻却されるものではないことが明らかである。〈以下、省略〉

(岡田光了 永山忠彦 木口信之)

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